印章業界誌「現代印章」10月号に店舗掲載されました!!

「特別版」岐阜情報誌こるも10月号に風水特集に掲載されました!!

岐阜情報誌こるも平成29年10月号掲載されました

風水は「氣」の集合体

「氣」という漢字が御座います。「人気」「気配」「殺気」など目に見えない人間の内発的感情に訴えかけられる時に使われます。しかし、気付けば「氣」は間違い無く目に見えています。今迄、草むしりなどした事無かった店のオーナーが店をリニューアルする為、閉めて一ヶ月。そこは鬱蒼とした緑に覆われました。
「人が氣を発しない場所は真空」と自然は捕らえ真空を埋める為人工で作られたアスファルトから根を張り草で覆われます。「氣」は確実に可視化出来、気付きを与えてくれます。
東日本大震災後の人が住めなくなった一部の東北をみれば歴然です。風水は清潔と不浄を併せ持つ人間がいかに節度を持って生活出来るかを自然の理に照らし併せ学び編み出した学術でもあるのです。インテリアも大事ですが地の利が産んだ家や近所の人々への感謝。常に床を拭く精神、トイレ掃除を抜かりなく行う人は安定した生活を享受される様に思います。常若の精神で精進したいですね。
杉江俊治 拝

岐阜情報誌こるも平成29年9月号掲載されました

「生き象牙」と「死に象牙」
楽天市場、アマゾン、イオン等ネット通販はいよいよ象牙の売買を禁止という舵を切りました。昨年のヨハネスブルク会議に於いてテロやブラックマーケットの温床になっている可能性がある国は国内でも規制するという議案が出ましたが日本国は適応除外されました。野生の鳥を銃で打ち落とし狩猟犬に取りに行かせるハンティングをスポーツとして成立させている欧米諸国の風評を脅威に感じた結果かと思われます。その代わり象牙を扱う業者は飾り象牙までしっかりナンバーを付けて保管し、販売する際も政府認定の証を添付する事が義務付けられました。弊社は規制が厳しくなる前から象牙に対する扱いを丁寧にしておりましたから然程難儀ではありませんし、おかげさまで象牙が簡単に手に入れる事が出来ない為か、弊社の上半期は象牙印章の売り上げは前年比の20%アップという結果となりました。どこへ行っても満足な説明を受けられなかったお客様ややっとホンモノと呼べる印鑑に出会えたなど嬉しいお言葉を頂いております。象牙には「生き象牙」「死に象牙」という考え方が昔からあります。
生きている象を銃で殺し乱獲するのは「死に象牙」病で自然死した象を優しく葬り、牙のみを頂きます。これを「生き象牙」と言います。つまり死んでしまったものを永遠の別れとせず違った形で御守りとして新しい命を吹き込み永遠の宝とする知恵が日本人ならではの懐が深い所でもあります。現在はワシントン条約で輸入は規制されているものの印鑑はメス牙から採掘しますから体積からするとバブル期に仕入れた良質な在庫から少しずつ掃けて行きます。
考え方は欧米と違って当然ですし信教の自由も認められている我が国は歴史も古く正しい認識を持っていれば風評に流されず矜持を持って象牙印章を使って頂けると思います。印章だけではなく人間国宝級の三味線を奏でる方のバチも象牙製ですし高円宮久子様も象牙製の根付けのコレクターです。
弊社も創立40周年を迎え10万本以上の象牙印章を販売させて頂き沢山お客様の良縁に寄り添って参りました。これからも弊社は政府認定の保証が付いた象牙印章を自信を持って販売させて頂きたく存じます。

杉江俊治 拝

暑中お見舞い申し上げます。

今年の暑中はがきは4月頃から作成に入りました。
京都嵐山の渡月橋は四季が変わるたび景色が変わるのでいつかデッサンしてみたいと思っておりました。
手前の女性は「いまどきの天照大神」を具現化出来ればと思い可愛らしさに神経を使いました。
季語が無いので俳句にはなりませんが「青い鳥は追いかけている内が華」と云うことが云いたいのです。
なにかと答えや結果を急ぐ現代、結果を出した先の世界、夢を叶えたはずの先にある世界はあまり語られません。究極は宝くじです。当たるかもしれないという幻想を買うので、実際当たってしまった人の末路はあまり良い結果に着地しているとは思えません。それが「青い鳥」で捕まえて見たら両手から砂になって消えてしまうという着想も様々なモチーフに使われております。
とりわけ、三島由紀夫の「金閣寺」の主人公はまさに幻想と現実の乖離から絶望に駆られ火を放ち消失させてしまいます。
炎上している金閣寺を観て主人公は最後の台詞で煙草に火をつけ「このつまらない現実を生きていこう」といって物語は終ります。つまり現実と向き合う事は「自由」を手することでもあると云うことも包摂しております。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌こるも平成29年8月号掲載されました

「もののあはれこそ日本の美」
岐阜市では夏休みに入り二回に渡って長良川花火大会がありますね。
僕が小学生の頃は打ち上げ場所が変わる前だった為自宅のベランダから眺めていました。スイカを食べながら長い夏休みをどう過ごすかワクワクしてお腹に響く打ち上げ花火の音が今でも忘れられません。
しかし、この花火大会、死者に対する慰霊の儀式であるのです。
江戸時代の享保17年、江戸は大飢饉とコレラの流行により多くの死者が出たことから、8代将軍徳川吉宗は、この犠牲者の慰霊と悪病退散を祈願して、川開きにあわせて水神祭を実施しました。その際、川沿いに立ち並んだ料亭が花火を打ち上げたのが、両国川開きの花火の始まりと言われています。
迎え盆には川辺に御先祖の御霊が集まるので日本では帰り盆を過ぎたら水に入るべからずという言い伝えも
彼岸と此岸の関係性も全て儚さを包摂して規範意識を育てて来たのかと思うとただキレイなだけでは無く桜と同じですぐ消えてしまう花火も「もののあはれ」を感じます。
御先祖様に想いを馳せて眺めてみてはいかがでしょうか。
杉江俊治 拝

岐阜情報誌こるも平成29年7月号掲載されました

「背中から感じられる驚異的道徳性」
普段私達は主に言葉がコミュニケーションの中心にあります。
ネットや本も目に見える言葉で情報を得る機会が多いですが、職人の世界では言葉は脆い鎧です。
やはり、師匠の背中や所作を盗むわけです。
ところで、平成時代は自然災害が多く発生し沢山の人の涙を見て来ました。
しかし、テレビをつけるとカメラを向けられた大多数の被災者の方々はなるべく明るく振る舞い身内の死に対し時折笑顔が垣間見れたりします。
カメラはインタビューを終えた笑顔の被災高齢者の背中をじっと撮り続けます
しかし、この背中から伝わる救いようもない絶望と悲しみが五感に染み渡るのです。
私達日本人は表層的な言葉だけではなく人間の本質は目には映るが伝わらない「念」の文化圏に生きているとつくづく感じるのです。
何かと騒しさを急かす時代、静かに大切な人をフォーカスして感じる事も必要なコミュニケーションの方法かと思います。


杉江俊治 拝

岐阜情報誌こるも平成29年6月号掲載されました

「折り返す力学」
弊社の印鑑は独特な印面の曲線で縁は文字数を計算しているので太く、湾曲していて「直線」が皆無です。さて、良く眺めて下さい。山道に似ていないでしょうか。山道は山の傾斜に沿って人間の負担を最小限に作られていますから直線で頂上まで行くには危険な馬の背コースになりますが一般的な登山者は湾曲の道を歩く事になります。登山は目標が山頂であり、人生の起伏にも例えられますね。頂上から見下ろす景色は絶景です。
しかし頂上まで行かず下山する人も居ます。挫折と捉える思考もありますが
肩から力が入り過ぎると身体の何処かに負荷が掛かり「力を抜く」という技術を身につけて下山する美学もあると思うのです。
人生も長い道程です。人との繋がりにすがりつきたくなったり、孤独を感じたり、無力感に苛まれたかと思いきや仕事であなたのスキルを必要とされ期待に応える事ができ涙したり等と、、
目指した山頂にその年にたどり着かなくても違う年に違うコンディションで登ると上手く行く場合があります。下るからと行っても退化するのではありません。
「大きな結果を出すには時間がかかる」という事なのです。
一度失敗すると回復が難しそうに思える世相ではありますが肩に力が入っている間は本当の自分自身で生きているか疑う事も一つの策かもしれません。
迷った時、自分の名前が史実に基づき呪術的概念を内包した印面を見直し、突き進む勇敢さを敢えて放棄し、立ち止まって過去を振り返り力を抜いて辿って来た道を見直す勇気を出してみるのも本年後半の目標に掲げてみては。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌こるも平成29年5月号掲載されました

「痛みを共有できるから人間は素晴らしい」

新しい環境にはもう慣れたでしょうか。
とりわけ、私の仕事は時として残酷な局面を迎える時があります。新しい命を迎え名付けに協力するといった嬉しい瞬間もあれば、命を送り出す現場にも立ち会います。遺産相続などで印鑑が必要になるからです。

とりわけ、昨日まで元気に話して居た社長さんが翌朝自殺したという現場もありました。

晩夏の9月暮れ行く夕日がジリジリ暑い中あまりの寂寥感に大声で泣いた事もあります。

小さな印鑑屋がここまでの重荷を負わなくてはならないのかと自暴自棄になった事もありましたがやはり印鑑は人の人生そのものを反映しているので私は翌年メンタルカウンセラーの資格を取ってより質の高いアフターフォローに力を入れ始めたのです。あれから10年学校や病院、障がい者施設にお呼びがかかり微力ながら私も学ばせて頂いております。

印鑑の注文を受け付けるのは手順を覚えれば誰にでも出来ますが一生モノとして吉相印鑑を作印する理由や歴史、座標軸を説明する事が出来ないとお客様に失礼となってしまいます。

人間関係が表層的で希薄になっている昨今、グレーだからこそリスクに飛び込む勇気が必要です。

苦手意識から逃げると違う所から必ず同じ事象が出てきます。

その時、人間としての命の根が深くなるのはどう動くかによって変革して行きます。

巨大なダムにアリが穴を空ける様な作業ではありますがこの諦めない姿勢が人としての魅力となると感じます。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成29年4月号に掲載されました。

「漢字は先達が遺した知恵の宝庫」

弊社は吉相印鑑販売の傍ら赤ちゃんの命名もご依頼頂きます。

四十年間で千名以上の名付けに携わらせて頂きました。

その際、障壁となるのが旧漢字か当用漢字で画数を取るかの見解の相違が起こります。

義務教育では当用漢字で習いますから無理もありません。

しかしそれは敗戦後米国のGHQにより七年間検閲で漢字は簡略化され皇民化政策を解体させる為神社には公民館が作られるなど様々な日本の精神も駆逐されていき今の教育の現場があります。

ですから学校での「国」は八画で正解ですが姓名学では楷書の原型である篆書体に戻し「國」となり十一画で計算します。

口は都市を取り囲む城壁で或は武装した国の都を指します。武装解除された日本は天皇陛下を中心とした民主主義集権国家の玉であると言う意味から憲法上も戦後の「国」の字は「國」を公用語として使用しておりません。

漢字には祈りが籠っていて一千三百年前仏教の伝来と共に日本に入って来て当時の漢民族が使っていた漢字に感銘を受け本来サンスクリッド語の般若心経もすべて漢字ですが「空」を説いていると感じたのでしょう。

価値観は様々御座いますが弊社は歴史に裏打ちされた命の営みを重んじる為旧漢字で名付けをし、現在も名付けをさせて頂いた方が成長し無事に自己実現をされているのを肌で感じております。今一度、漢字の奥深さに触れてみてはいかがでしょうか。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成29年3月号に掲載されました。

厄年の役務

「厄年は不吉な事が起こる」

などと言われますが本来は陰陽道からの生きる知恵で平安時代には定着していた慣例でした。

女性は19歳33歳37歳61歳

男性は25歳42歳61歳


と言われております。

とりわけ実年齢より一歳多く記載されているのは戦前日本人は誕生日を祝う習慣が有りませんでした。

その代わり妊娠5カ月目に子供を沢山産む犬にあやかって戌の日の腹帯を巻いて神社へ参拝する事から胎児も一緒に歳を重ねるという事で天皇陛下と共に正月を迎え、プラス1歳として数え歳で計算されております。

昔は平均寿命が50歳でしたから元服「成人の意」も15歳で武将の男児は戦場へ赴き女性は19歳で2人目を妊娠しているのが常識でした。


男性は軍位を25歳まで上げて42歳で蔵を建て女性は33歳で第一子の子供の出産に立ち会い産婆の役目を果たし農家は村社会で一気に田植えや刈り取りをする事から稲に火を灯し餅を焼き無病息災と五穀豊穣を祭りにして祈りました。


明治維新が起こる前は「藩」が国家の様な生き方をした為「おたがいさま」の精神が定着したのかとおもいます。

とりわけ、上記の事柄から厄年は役目を果たす「役年」として人生の節目と共に自分の成長を俯瞰する地軸でもあったのです。

現代では、病気や交通事故、離縁、身近な人の別れなど哀しい事象に例えられます。

時代の趨勢と共に価値観も食生活も違いますから女性はホルモンバランスが崩れたり男性は体力の衰えを早い年齢で感じるとも聞きます。

しかし、私は厄年というお祓い時期は

「ここまで育てて下さり有難う御座いました」

という親やお世話になった人に対する感謝の念を再確認する事と自分の人生を棚卸しする事なのだと思います。

確かに昔は娯楽や物の少ない時代でしたが人間を成長させる艱難でありました。

敢えて艱難を取りに行く人に天は味方すると思います。厄年を忌み嫌わず壁を乗り越えた先にある本当の「私」に辿り着いて頂けますと幸いです。

杉江俊治 拝


岐阜情報誌「こるも」平成29年2月号に掲載されました。

平成29年一白水星の事象。


水が中央に入った際、地球の自転が影響し海の潮の目が変わり渦を巻く事を比喩すると歴史的に新旧の概念が変化しております。


例えば近代史では、昭和20年敗戦、ポツダム宣言受諾。昭和38年ケネディ暗殺、ケネディドル廃止。昭和47年学生紛争、沖縄返還。平成2年バブル崩壊。平成11年国旗国歌法成立。平成20年リーマンショク。


上記は全て一白水星に起きた価値観の移譲です。


では平成29年はどうなるでしょう。

昨年、SMAPが解散し電通が不祥事を起こした事から解る様にテレビコンテンツというマス媒体が終焉に向かう傾向です。


つまり「権威からの脱却」が始まったのです。英国のEU離脱、米国のトランプ大統領誕生、小池東京都知事等、既存の路線から外れた人を民意は選択した様に一流大学に入学し大企業に就職すれば一生安泰と云う神話が崩壊する時代にシフトしたのです。


ローカルな市場が活性化し手作り感を出して一工夫出来る思いやりのある人には光が射します。

便利さが不幸を造る事も忘れない事も必要な年回りです。1人1人がブランドになり権威に寄る縛りから解放され企業よりコアになる個人が活躍する時代の黎明期です。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成29年1月号に掲載されました。

「平成29年一白水星酉年の趨勢」

平成28年は混乱でした。ニ黒土星の剥き出しの絶望感と申歳特有の不確実性が拮抗して、人は平和に見える日常の中で独自の秩序を一縷の望みとして彷徨う事象でした。

平成29年は一白水星、酉年です。

一から作り上げ飛躍する望みとする年廻りですがこの構図は昭和20年の敗戦と同じ九星と干支です。私たちが持つ尊厳や言論の自由は一度略奪された後アメリカから贈与されたもので日本独自の民主主義ではありません。

人は平和を願いつつ内在している本音は「混乱」で、その猥雑な中、本来の規範や秩序が生まれるのですが国が一枚岩となり全て失った経験が無い世代にとって本来の秩序は一縷の望みにならないのが現状です。

メディアに踊らされる事なく上部だけの言葉遊びに感情的にならず一から新しい価値観を個人が見つけ出し身近な人との繋がりや江戸時代から続くお互い様の精神が見直される年廻りです。

私達が見慣れている神社仏閣、居酒屋などは外国人観光客にとって新鮮に映る様にもう一度日本人としての矜持を持ち一から持続可能な価値観を発信出来る素晴らしい年廻りにしたいものです。

一白水星

期待値が高まり適応限界を感じざるを得ない年。しかし未来から振り返れば今年が突破口になります。


二黒土星

沢山の人より少ない数でもあなたに繋がっている人を大切に出来れば掛け替えの無い財産を築けます。


三碧木星

想定外を無視せず重視する事であなたの人間味が厚くなります。いつも若々しいあなたには平易な答えより質問の質を上げる様な出来事が多いので自信を持ちましょう。


四緑木星

変化に順応出来る才智を磨くにはどんな感情を管理できるだろうか。

社会や地域と壁や距離を無くす事で包摂力が付きまたあなたは又一段上へ行くのです。


五黄土星

社会や人があなたを必要とします。自分自身を高い位置から俯瞰出来ますから新しい事を始めて更に自分磨きを怠らなければ天が味方します。


六白金星

高貴なあなたが冬の時期を過ごすには出鼻を挫かれるのは我慢なら無いでしょう。しかし革新をもたらすのは自己管理です。夜明け前は一番暗いのです。成功の通過儀礼と忖度下さい。


七赤金星

中途半端になっていた事の続きを執り行いましょう。あなたは金メッキではなく純金である事をお忘れなく。最高に楽しみながら人を幸せにするにはどんな行動が正しいか問いただす年廻りです。


八白土星

富士山を彷彿とさせる気高さが活動を始める時期です。語彙力が少ない事は弱点では無く行動する事で信頼は盤石なものになります。


九紫火星

退廃した秩序に規範という泉を注ぎ込み責任感を醸し出す唯一の存在です。物事を整理し再建する事があなたの幸福度が増す一年です。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年12月号に掲載されました。

「かけがえのない命の重み」に触れた年

 先日、臨月を迎えた妊婦さんより名付けのご依頼を頂き病院でお話しをお聴きしていたら腰を抜かしました。

な んとお腹の赤ちゃんは亡くなっていて3日後陣痛促進剤で普通分娩をされるそうで私は目の前が真っ暗になりました。

 生きて行く上で丈夫な子になる様に祈りを込めて命名というものはするのですが、ご本人様は覚悟が出来ているので普通に名付けをして名前を呼んで抱いてあげたいと云われ私は逡巡しました。今まででに無い依頼だからです。しかしご本人様も相当苦悩された様ですし、私でお力になれるならとご希望の呼び名から漢字を当てはめて登録されない名付けを致しました。

 3日後無事、玉の様に美しい女の子が誕生されました。ベッドの頭には私が名付けした命名書が掲げられておりました。水子という形にはしたくないからお地蔵さんを作らず印鑑を作りたいと云われ2度ショックを受けました。死生観はそれぞれですが登録されない名前と印鑑を提供するには荷が重く、お金は取れません。

と申しましたが「他のお客様と同じ様に扱って下さい。うちの子は私の心の中で永遠に生き続けるのですから」と優しく微笑んで下さいました。

私も娘を持つ人の子、帰りの車の中で込み上げてくる涙が抑えきれず安全な場所に車を停め号泣しました。

こんな経験は初めてですがこの仕事は辛くも誇り高い事なのだと実感致しました。

命の大切さを今一度再確認出来た異例の年でもありました。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年11月号に掲載されました。

「今に伝わる、五穀豊穣を祈る祭の日」

 11月23日は祭日。実はこの日は日本人にとって最も大切なお祭りの日でもあります。

 今年収穫された初穂を天照大神を始め、天神地祇にお供えし天皇陛下も初穂を召上がる宮中祭祀の1つ(新嘗祭)が行われるのです。

 現在は(勤労感謝の日)とされていますがそれは戦後、宗教色が強いと言う事からGHQにより名称変更されたためで本来は毎年の豊穣を祈る儀式です。

 そうした五穀豊穣の祈りは飛鳥時代が何よりの力であり、国を潤す税金でもあったからです。昔から行われてい雨乞いや加持祈祷なども、大切な実りを守ることから始まる知恵なのかもしれませんね。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年10月号に掲載されました。

「シンプルだからこそ拘りが活きるもの」


 リオオリンピック、パラリンピックも無事終了し日本のアスリート達から私たちは様々な感動を与えて頂きました。

 表彰台に立つメダリストの国の国旗が会場に披露され、我が国も沢山の日の丸を散見出来ました。

200ヶ国以上の独立国がある中で日の丸は実にシンプルで太陽からの恵みや天照大神を意味すると言われておりますが・・

さて、気になるのは最初にこの日の丸を作った人は誰かという事です。それは薩摩藩の島津斉彬だと言われております。

 しかしこの赤い色がいまいち気に入りません。家臣に命じて国旗に相応しい赤い色を探すと黒田藩の領地で現在の福岡県飯塚市筑穂町で続いていた「筑前茜染」というもので品があって深みのある赤を出す最適の染料だった様です。斉彬は幕府に献上し正式に日本国の日の丸となりました。

 弊社の印章化粧ケースの内張布も茜染に近い深い赤い色を採用しておりますが日本人としての文化や来歴を誇れる様になりたいものです。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年9月号に掲載されました。

心の世界に遊ぶ「孤独」


私が職人として印鑑を彫る際は深夜1人静かな部屋で「孤独」と向き合いながら作業に入ります。

人に作り上げられる「孤立」と違い自分から選びとる「孤独」は逆に人の精神的成長にも繋がるのではないかと感じる楽しいひと時でもあります。

彫りながらその人を想い様々な僥倖を妄想します。昼間鑑定やカウンセリングした内容を反芻し時の営みを愛しながら年齢を重ねて頂きたいと思えば豁然と世界が開けていきます。

寂しくないか。と聴かれますがある一定の年齢に達し、成熟したら孤独を楽しむ事をお勧めしたいのです。

絆や協調性は勿論大事です。しかし惰性で群れる無意味な繋がりはいつかしがらみとなります。

人は本来孤独な生き物です。無秩序な自由が不自由の流刑地になってしまうように「孤独の哲学」を学ぶと秋の夜長には丁度良い叡智となるのではないでしょうか。


杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年8月号に掲載されました。

バージョンアップする人の道


パソコンは古くなるとアップデートやバージョンアップを促すメッセージが表示され古いままだとソフトが動かない事がよくあります。

弊社の印鑑をお作り頂きしばらくすると「縁に恵まれました」という嬉しいご連絡を頂く事がございます。

これは、恋や結婚、出産、就職、仕事の商談。様々なシーンでお金より「縁」という非科学的な事象に一喜一憂する時代になっているのも事実です。

例えばこの事例をパソコンに当てはまると名前や生年月日は自明の理ですが後天的に吉相印鑑を実印登録後、御守り護符として大切に持つことは人生のバージョンアップをした事と同じくらいの意味があると考えております。

しかし人間、完璧ではありませんから障壁が立ちはだかる時などはパソコンでいう、「バグ」です。

必ず原因があり過去に立ち戻ると修復するべき点が発見出来ると次の行動が明確になります。

印鑑は影ですが影にこそあなた様の潜在意識があり、それを引き出すきっかけになるものが人生のアップデートなるものではないかと信じております。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年7月号に掲載されました。

本当の地肉となる学びは仕事の中で得られるもの


開新堂は5月末の締めで創立40年を迎えました。私は当時5才、ピンクレディーの「渚のシンドバッド」が街に流れ小さなバラック小屋の様な事務所から父親がご縁ある方に吉相印鑑を販売したいという事でウチは商売屋なんだとおぼろげに覚えております。

家の周りは木材工場でオート三輪が走り、煙突から煙が毎日出ていました。
私は17才篆刻職人の修行に浦安市で技を磨き27才で店を継ぎました。しかし営業に出た際、若造の私が歳上の方に「姓名鑑定します」と言っても誰も相手にしません。絶望と障壁の連続でした。

しかし職人が営業して納品するというあまりないケースをどうしても貫き通したいという思いが通じたのか沢山の方からの薫陶でH19年に心理カウンセラーの資格を取り、印鑑に追随する知的生産を無償で提供させて頂くことで何とかここまで登ってこれました。

人と人を結ぶ印鑑の役割の中で産まれてくる命もあれば消えていく命もあり様々な人様の来し方行く末を観て参りました。

私の気付きとしては、本当の財産は通帳残高の数字だけでは無く、あなたの命の時間を遣った経験に価値があると感じます。

印鑑は影からの気付きを伝えてくれる懐刀ですから大切にして頂きたく存じます。時代は変わっても変わらない文化がある事で日本の秩序が保たれていると思います。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年6月号に掲載されました。

「板挟みでも泰然自若に振舞った勝海舟の生き様」

嫁姑のご相談をお請けする事が御座います。

双方が正義を唱え、原理主義を主張するので板挟みに遭う人が一番辛い想いをします。

しかしこの小競り合い、かつて日本でもありました。

有名な明治維新です。幕府は260年続いた徳川を死守する中、西から坂本龍馬率いる新政府軍が京都へ攻め入るべく戊辰戦争が勃発しました。

沢山の死屍累々の悲惨な戦の中、何故か江戸城は無血開城となりました。それは勝海舟が幕府側の人間にもかかわらず龍馬を弟子にしたり慶喜を直談判して説き伏せます。

戦後敗れた徳川の旗本に東京神田で印刷業を斡旋したり失業者を出さない様便宜を図りました。

勝は言います

「島国の人はその日しか見えておらず10年先は暗闇だ。それも畢竟。度量が狭く思慮に余裕が無いから短絡化する。」

現代も単一的な正義感で善か悪かで人を裁き白か黒かで攻撃する風潮は余裕が無くなって来ている証拠で仲裁に入る人が大きな度量で受け止め人間にはグレーというグラデーションの中でしか解決しないのだという理論は剣術に優れていても一切鞘を抜かなかった勝海舟から多いに学べる無我の境地です。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年5月号に掲載されました。

「しんがり」というビリの哲学

優れたリーダー論等の書籍を沢山拝見しますが強い組織はリーダーを数多必要としません。

戦国時代、織田信長が小谷城の戦いで浅井長政に裏切られ責め入られた際、信長は一目散に逃げ軍の最後に居た秀吉に「しんがり」を命じます。軍事用語で「殿軍(でんぐん)」とも読みますが、しんがりは最後尾から戦いの趨勢を見ながら殿様を守り続け負けない戦をする大切な役目です。

とりわけ日本が戦時中だった頃、殆どの子供が描いた夢は陸海軍の大将になる事でした。しかしそんな時代は脆弱で長く続かなかったのは周知の事実です。

敢えて組織を後ろで支えて行ける心の温かい人が「しんがり」の役を務め評価される。ホンモノの強さは人を出し抜くズルさではなく後姿で物語りを描ける人。

そんな社会が強いのではないかと感じます。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年4月号に掲載されました。

「桜萌え咲く、この時季に」

桜吹雪が美しい季節になりました。

新しいランドセルを背負って弾ける笑顔で校門に駆けていく子供達に初まりの大切さを感じます。

 ちなみに桜は冬が無い南国では花弁が開きません。日本本土は厳しい越冬を経てようやく彼岸が来て花の便りが来る様に四季に合わせて人間の規律が生まれたものと感じます。

 散り際の美学は「桜の木の下には屍体が埋まっている」と言う作家が居たり、「もののあはれ」といった美的理念に基づき先の大戦で戦死された兵士を若桜、兵器に「桜花」と名付けられたり時代や味方によって様々ですが共通する視点は一つで「死生観」だと思います。つまり、美味しい部分は一時で腹八分目で抑えてありがたく愛でる日々を送りましょうと言う秩序を自然から学ばせて頂いていると思います。

新しく印鑑を新調されるお客様がこの時期になり集中するのは自然の叡智を潜在的に享受されていると思うと日本人で良かったと思う今日この頃です。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年3月号に掲載されました。

祭りは清規「せいき」と陋規「ろうき」の慣例行事。

世の中には清規「せいき」と陋規「ろうき」がございます。

清規とは表の社会道徳で挨拶をする、人に迷惑をかけない、喧嘩をしない、と言った「教育勅語」のようなもの。
翻って陋規とは裏の道徳で喧嘩をするなら素手で行い大怪我になる前に止めさせる、社会的弱者からは盗みはしない、等の暗黙知がこれに当たります。
清規が大切なのは誰もが承知の上ですが世の中建前や綺麗事だけでは成り立ちません。

無礼講とされる祭りは非日常を演じる事で平凡な日常が如何に大切かを実感する大切な通過儀礼として先達から受け継がれたものです。

とりわけ、雛祭りは女の子の成長を祝うものですが菱餅が一対鎮座されていますね。

これは女性器を模したものと云われます。日舞で形が崩れると京都では「お菱が曲がりますよ!」と指導されるそうです。

神聖なものといかがわしさを包摂して祭りというものは発展し、地域の人々の絆を深める。それを今でも踏襲する習慣は崇高ですね。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年2月号に掲載されました。

「落ち着きを取り戻す気運(二黒土星丙申年)」

節分を過ぎて漸く九星氣學の動きが表面化します。

平成28年はニ黒土星丙申年です。

 昨年の喧騒から少しずつ落ち着きを取り戻し、失われた20年から創り上げる20年の試金石となる過渡期年となりそうです。

例えばこの年の事象は徳を積んで来た人には収穫の果実が与えられるからです。平成19年にアップルが初代iphoneを発表したのが9年前の二黒土星でした。

 始まりは賛同を得られなくても信じた道を愚直に進む人には「声有って形無し」という空洞は入る余地がありません。

闇夜を照らす月の様な柔らかさと和みを持つ人には隙の無い現代社会のオアシスになる筈です。

もう一度足元をしっかり見極めて表層的な情報に踊らされる事無く地道に精進しましょう。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成28年1月号に掲載されました。

「新たな年の始まりによせて」

新しい年を迎え皆様も神社や寺院へ初詣に参拝される事年と存じます。
とりわけ現在日本の神社は小さな無人神社も入れると9万社ほどあると云います。
しめ縄や蛇がとぐろを巻いた形に見立てた鏡餅を供える事も全ての原形は

「福を無形に造り、禍「わざわい」を未然に消す」

という目に見えない学術と秩序がありました。各藩で作物を手にするには雨乞いや五穀豊穣の祭事が必要だったという事ですね。その名残りが加工されていないそのままの日本人の姿であるのです。目先の浅い計算で人生は割り切れないのだという先達の教えも包括して後世に伝えていきたいものです。

手を合わせる時は悠久の歴史に思いを馳せて頂くと深遠な気付きを得られるかと存じます。
皆様のご多幸をお祈り致します。

合掌。
杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成27年12月号に掲載されました。

「今年、どんな軌跡を作れましたか?」

「借」という漢字がございます。
「人」の「昔」と書いてあります。

私たちは未来に向かって生きて居るという潜在意識がありますが実は1日ずつ過ごす「昔」という過去を作り続けている事も事実です。

いかに誇り高い「昔」を作るかで未来は変わってくると思います。
捺印も過去の連続性です。

自分の価値を自分で解る居場所が過去の軸にあります。まだ見えない未来は貸してもらう事で見えない縁の貸借はバランスを保っていると思います。

来年の目標の前に今年どんな軌跡を作れたかを考えると身近な蟠りを解消するヒントが隠れているかもしれません。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成27年11月号に掲載されました。

「運気」とは「風」の様なモノ

古今東西、占いや運勢等は形を変えながら人々がいかに厄災を避けられるか、思い通りの現実を手に出来るかを理詰めで求めて来た歴史があります。

弊社の吉相印鑑も数的には一定の知的ルールがある事を提唱し、科学より人知的に確かな結果を出している統計学に基づき姓名鑑定と生年月日から得られる宿命学を用いて吉相印鑑を手作りで彫り上げております。

弊社の吉相印鑑を作ってから「良縁に恵まれました」や「子宝に恵まれました」などのお葉書を頂き大変嬉しく存じますが吉相印鑑はあくまでその人の運勢が動き出した時に背中を押す「風」の様なモノなのです。

能動的に勢い付き動いて運ぶから「運勢」です。

高止まりした所に吉相印鑑を持つ事で確信に変わりあなたの風景が180度変わります。
何故なら無意識は危険な程効果的だからです。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成27年10月号に掲載されました。

「10月1日は印章の日」

今から147年も前の明治6年10月1日「太政官布告」より印鑑登録制度が定められました。

以来、実印、銀行印、認印等の印章は法治国家の日本社会において重要な役割を担い、今日に至っています。

江戸時代まで日本は(士農工商)という階級制度により、1部上流階級の人たちしか(苗字)を持ち、印鑑を使うことが許されていませんでした。この太政官布告により一般の人たちも姓を持って名乗ること、そしてご自身の生命の刻印された実印を持つことが許されたのです。

あなた様が誕生した理由は数え切れない先祖様が遺した命のリレーで成り立っております。

(印章の日)には、ご自身の名前と印鑑の思いを馳せてみては。


杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成27年9月号に掲載されました。

「月にまつわる不思議なお話」

9月は15夜があり平安時代の公家は月に纏わる短歌を沢山詠んだ文献が御座います。
地球は月の満ち欠けに大きく左右され満月は人間の血圧が高くなり海も満潮になる為羊水を抱えた妊婦さんが産気づき昔の産婆さんは徹夜で出産に立ち会ったと云われます。

闇を纏わないと綺麗に見れない月ですが眼に見えない何かの啓示の様に陰の深遠さに気付かされます。

男性の実印は大きい丸なのは太陽で女性は地球という子供を見守る月で名前のみの彫りで小さめに作ることも天文的に見ても腑に落ちます。

親から貰った掛け替えの無い固有名から陰に隠れた数字に付加価値を付けて上昇可能な人生軸を作ることが印相学の究極であると感じます。


杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成27年8月号に掲載されました。

「何故日本国は印鑑行政なの?」

天皇陛下が御使用されておられているからです。

主権国家として、日本国憲法や法律の公布時には天皇陛下の署名捺印『御名ぎょめい御璽ぎょじ』が必要です。

国会で法律や予算などが閣議決定された批准書は宮内庁へ上がり陛下御自身が御璽で裁可をする事で法律や外交が行使できます。

個人や法人が印鑑登録をする行為は厳密に国との繋がりを持ち規範や秩序を遵守し国の存立を約束する崇高な行為でもあります。

何気なく捺印している書類にも深い意味があり國民は憲法を活用する権利が発生するのです。
この戦後70年目で自明である蓋然性を知るきっかけになって頂ければ幸いです。

杉江俊治 拝

岐阜情報誌「こるも」平成27年7月号に掲載されました。

「四角い角印はなぜ必要なの?」

城の壁を模した形が角印の来歴にございます。

三国志などの文献を拝読しますと戦で城主が敗れると臣民全てが攻め入った軍勢の奴隷となってしまいます。

従って、城壁は城主や臣民の命を預ける大切な意味もあり、日本でも官印は角が尖った角印が使用され民間企業も重要書類の信憑性を上げる為請求書や小切手の裏判として捺印されておりますがこれも株主や経営者を中心にして回りは従業員、お客様、地域全てを包括して護るという願いが内包されております。

とりわけ、天皇陛下がご使用されておられる印鑑《御璽ぎょじ》や日本国の印鑑である《国璽こくじ》も3寸の金印で角印が使用されております。

杉江俊治 拝

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